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Channel: 神戸・元町からの気まぐれ日記
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カクマル

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四 反革命カクマルの総路線的破産
 1 吉川文書にみるカクマルの惨状
 2 「松井文書」にあばかれた反革命カクマルの腐敗
 
1 吉川文書にみるカクマルの惨状
 
 二重対峙・対カクマル戦は、先進帝国主義国であるわが国において、プロレタリア革命を武装解放闘争として実現しようとするわが同盟の先制的内戦戦略の基軸中の基軸をなす戦いである。
 したがって当然のことながら、この戦争は、あくまでもマルクス主義的政治理論に徹底した基礎をおく軍事として戦われなければならない。『革共同通信』八号(七四年三月)から六回にわたって連載された吉川文書の革命的暴露は、この原則にたって、反革命カクマルにたいするイデオロギー的攻撃の第一弾として、本多同志の手によってかちとられ、以後の革命的奪取文書の暴露の典型をきりひらいた画期的論文である。発表時の筆名は細川耕一。
 
 
 はじめに/(1)吉川撃沈の偉大な戦略的意義/(2)吉川文書の入手はカクマルにさらに決定的打撃を与えた/(3)吉川撃沈の直前、九州カクマル組織は崩壊的危機にみまわれていた /(4)一年間にわたる吉川の九州/(5)Gt問題で崩壊寸前の大混乱/(6)カクマルと吉川は革命的報復戦の開始を直視することさえできなかった/(7)「平和幼想」をふきとばした 横須賀寄港時決戦――土門撃沈/(8)十・二〇襲撃、時間ぎれのとん挫/(9)十・二二国学院反革命分子せん滅はカクマルを恐慌状態にたたきこんだ/(10)宮崎大への第一弾ではやくも九州カクマルは崩壊過程に突入した/(11)九州の危機はいたる所で拡大する/(12)田中・佐竹問題、朝倉撃沈に吉川は惨めな対応無能力を示した/(13)鹿大分子せん滅の日、吉川は九州総破綻について報告していた/(14)閑話休題。山代=今賀先生の今後が不安な話について/(15)十一・二六狭山闘争上京団への白色襲撃策動とそのとん挫/(16)鹿島吉秀の腐敗と破綻は九州カクマルの未来を予知させた/(17)十二・一 五九州集会の失敗を契機に総破綻はさらに深まった。
 
 はじめに
 権力の大弾圧、あらたなK=K連合策動、そのもとでの反革命カクマルの卑劣な謀略と白色襲撃のたくらみをつきやぶって、いまや、われわれは、二重対峙・対カクマル戦の決定的な前進、かつてない高度の政治的、軍事的な質をもった赤色テロルの爆発をかちとろうとしている。
 権力の露骨な激励と援助によって、死の淵からかろうじて救出された反革命カクマルどもは、北小路、陶山の両同志に姑息な白色襲撃を加えるとともに、産別常任やその子分ども(昨年八月の全国会議で、アミダ様を自称する黒田からさえ、産別主義者、スターリンと同じ構造の政治技術主義と面罵された小官僚たち)を使って、破防法弁護団や知識人にたいするファシスト的な脅迫政治、中核派の内部分裂の虚構(願望!)を維持するための見えすいた謀略ビラづくりのための絶望的あがきを開始した。
 戦争の発展についての真の展望も、また、そのための真の態勢ももちえない反革命の卑劣漢どもは、こんな姑息なやり方で九・二一以来のかれらの敗勢、やられっぱなしの「唯物論」的現実をはねかえすことができるかのように幻想している。未来をうしなった人間には、事実よりも願望の方がはるかに現実らしくみえるのであろう。
 
 (1) 吉川撃沈の偉大な戦略的意義
 
 だが、われわれが昨年八月に宣言し、九・二一から冬期大攻勢にかけての革命的対峙戦をとおしてたたかいとった戦略的陣地は、権力の大弾圧、あらたなK=K連合策動によっても、また権力の激励と援助のもとでの反革命カクマルの腰のはいらぬ白色襲撃によっても、けっして奪いかえすことはできないのだ。われわれの二重対峙・対カクマル戦の勝利の展望とその態勢は、ますます強固なものとなっている。一・二四の歴史的勝利とそれにひきつづく一連のたたかいの大爆発は、反革命カクマルの底なしの恐慌状態を根底的に規定しているのだ。「人ごろし」だの「火つけ」だのという反革命分子のみっともない悲鳴は、かれらの恐怖がいかに深刻なものであるかを、自己暴露するだけのことである。事実、黒田をはじめとする反革命の卑劣な頭目ども、学生戦線や労働戦線のこまっちゃくれた小官僚どもは、うわべの空威張りとはうらはらに、開始されんとする春期大攻勢のまえに完全にビビリはじめているのだ。
 反革命カクマルの完全打倒にかけた革命党と革命勢力の勝利の確信、勝利の展望、勝利の態勢は、もはやなんぴとによってもつきくずすことはできない。今日の複雑な情勢を基本的につらぬいている根底的な力関係、根底的な発展方向をはっきりとつかみとり、その基礎のうえに堅実に前進するならば、われわれの勝利は鉄の必然である。従来の作戦計画にもとづいて報復戦をひきつづき強化発展させつつ、敵の完全打倒のための戦略とその態勢をいっそう本格的にねりあげ、それにそっていっそう計画的に、いっそう系統的に反革命カクマルのせん滅と解体をなしとげること――まさに、このようなものとして春期大攻勢は開始されようとしているのである。
 われわれのこのような勝利の道にたいし、わが反革命の頭目どもは、権力の激励と援助にもかかわらず「勝利」の展望も態勢もうちだすことができないでいる。「アト一撃論」も「おせおせスタイル」も無惨に破産してしまい、「最終的解体のためのたたかい」なるものももはやうつろな虚構になってしまった反革命カクマルの頭目どもは、権力の援助でひとまず延命できたことに心底から安堵するのに精一杯であり、することといったら「政治的包囲」の名のもとに、ファシスト的脅迫政治や謀略ビラづくりをおこなうことしかないのである。
 まさに、このようなかれらの腰のはいらぬ対応の根底にあるものは、反革命カクマルの総路線的破産の度しがたいふかまり、反革命組織の全国的な混乱と衰退であり、わが革命的対峙戦の激烈な発展によって完全に追いつめられ、もはや「アト一撃論」の虚構の維持が不可能となったばかりか、反革命白色襲撃路線そのものの破産が問題とならざるをえないような敗勢的現実である。ともあれ、このような反革命カクマルの惨たんたる現状をみごとに証明してくれたものこそ、十二・四反革命当時、反革命カクマルの関西地方委員会議長であり、解体状況にある九州地方のたてなおしのために黒田から七三年一月に九州地方委員会議長として、直々派遣された吉川(鶴田)の詳細きわまる文書である。
 すでに確認されているように、われわれの吉川撃沈のたたかいは、年末年始闘争の頂点をなすものであり、土門、楠、朝倉らの撃沈とならんで敵指導系統の決定的な崩壊をもたらす重大な勝利である。まさに、これらの敵指導中枢への致命的な打撃は、一・二四を頂点とする敵戦闘主力への圧倒的せん滅戦の展開、十二・一五、十二・二三と連続的にかちとられた大会戦・集団戦の大勝利とともに、わが革命的対峙戦の偉大な勝利をかたちづくっているのである。
 さしあたって、吉川撃沈の直接の政治的、軍事的な意義について検討すると、おおよそつぎのような諸点が問題となるであろう。
 第一には、辻、正田両同志を虐殺した七一年十二月四日の反革命的行為にたいする正義の報復であるということである。
 七一年十二月四日早朝、反革命カクマルは、権力の全面的な援助のもとに全国的な白色襲撃を開始した。黒田の直接の指示にもとづいて関西での白色襲撃を計画した吉川は、早大カクマルの応援をもうけて関大バリケード闘争にたいする武装襲撃をおこない、辻、正田の両同志を虐殺したのである。
 七一年「第二の十一月」は、七〇年代階級闘争の革命的、内乱的、武装的発展の偉大な火柱をなすものであった。松尾全学連委員長に破防法を適用し、中核派系とみられるいっさいの政治集会を禁止する暴虐な弾圧を、権力がこれにたいしておこなったにもかかわらず、わが同盟を先頭とする労働者人民は、この大弾圧を戦闘的にうちやぶって沖縄――渋谷――日比谷の大暴動闘争をたたかいとり、さらに十二月総決起にむかって英雄的に前進し、権力の破防法攻撃の破産をつきだしていったのである。
 権力による破防法型弾圧のこのような行きづまりを突破するために権力がとったあらたな手段こそ、民間武装反革命を内乱的に動員することによって革命党と革命勢力を鎮圧し、階級闘争の革命的、内乱的な発展を阻止しようとするところのK=K連合政策であった。まさに、このような権力に「無上の喜び」をもってまっさきにとびついたものこそ、警視庁公安部のスパイを志願したという黒いキズあとをもつ黒田寛一であり、その第一の腹心であった吉川である(十二・四反革命がまずもって黒田直系の関西で開始されたことは偶然ではない!)。われわれの吉川撃沈の偉大なたたかいは、黒田――吉川のこのような反階級的罪状にたいする無慈悲な回答である。
 第二には、二重対峙・対カクマル戦、とりわけ革命的対峙戦の前進をかちとるうえで、その頂点のひとつをなす軍事的勝利である、ということである。
 吉川撃沈のたたかいは、激烈をきわめた年末年始闘争のなかでも、ずばぬけた高地をなし、土門、朝倉、楠らの撃沈とならんで戦争の局面をいちだんと決定的に前進させるものであった。今日にいたるも、反革命カクマルの卑怯者どもは、吉川の「事実上の虐殺」などという珍無類な非難をくりかえしているが、それは、かれらのうけた軍事的打撃感がいかに深刻なものであるかを、はっきりと示しているのだ。まさに、かれらは、十二・一五、十二・二三の大会戦、集団戦における壊滅的な大敗北、一・二四闘争とそれにひきつづく一連のたたかいとともに、その底なしの打撃感からたちなおることができないのである。
 第三には、反革命カクマルの指導中枢の崩壊を決定的に促進する重大な一打である、ということである。
 十・六の土門撃沈、十一・一九の朝倉撃沈によって、すでに反革命カクマルの政治的指導部は事実上の崩壊をとげている。森茂が逃走し、土門、朝倉がぶざまに撃沈されたあと、残っている指導部らしきものといえば、学者?の道に未練たっぷりで、政治的には無能な山代、およそ理論的な能力がなく、その肉体派的な体質を黒田へのゴマすりでおしかくしている西条、漫談をやることしか能のない梅津、長い文章をかいては、いつも黒田から無内容といって批判されてばかりいる小野田、数年にわたって一本の論文もかかせてもらえない若林……といったみじめな状態である。だから、昨年暮の全国拡大常任会議では政治局から基調報告をできるものがひとりもいなくなってしまい、仕方がないのでテープにふきこまれたアミダ様ならぬクロダ様のお説教をみんなして聞いてかえる、という漫画的な情景がくりひろげられたのである。
 六〇年ブントの戦旗派的な体質をいまだに脱却できない北海道、東海、北陸などの小官僚どもが、これではいくらなんでもひどすぎると、不満たらたらになったのは、けだし当然であるが、こうしたなかでもっともみじめだったのは、黒田に忠実であるにもかかわらず、いな、忠実であるがゆえに、敗けっぱなしで崩壊寸前となっている関西、中国、九州の小官僚どもであった。かれらは、自己の地方の敗勢や崩壊的現実を精一杯自己批判することによってアミダ様への忠誠をちかい、黒田直系の位置をかろうじて維持したのである。黒田にとっても、いまとなって頼りになるのは、どんな欠点があろうとも、吉川配下の関西、九州であった。その吉川がなんと完全にパンクしてしまったのである。主体性がひとかけらもなく、無能であるがゆえに、十数年にわたって黒田の第一の直系としてのテープレコーダーたりえた吉川はまた、すべてが唯物論的に決算される戦争のなかで、その没主体性、無能力性があばきだされ、死の墓に生きながら葬むられる破目におちいったのであるく
 第四には、九州地方の反革命組織の崩壊と衰滅は、もはや完全に時間の問題になった、ということである。
 もともと、吉川の九州行きそのものが、六七年夏以来の九州地方委員会の大混乱、二宮、野見山、大薮、梯らの旧戦旗派指導部による中央指導への陰然とした抵抗、門司支部をはじめとする動労門司地本内カクマル分子の総くずれをたてなおすことを目的としたものであった。事実、吉川は、アミダ様の権威をカサにきて九州にのりこみ、二宮ら旧指導部をつぎつぎと追放し、吉川体制をつくろうとしたのであったが、宮崎、鹿児島、熊本の反革命組織は、反発と離反、動揺と衰退の一路をたどり、九州地方委員会を機関として維持することすら不可能となったのである。しかも、肝心の福岡は労学両戦線にわたって衰弱し、その指導部? も混乱につぐ混乱におちいっていたのであった。
 九州カクマルのこのような総くずれ状態を一挙にあばきだし、その崩壊的危機をいっそう促進したものこそ、われわれの革命的報復戦の激烈な進展であった。報復の一撃一撃は、きわめて的確にカクマル九州地方組織を壊滅にみちびいたのだ。宮崎、鹿児島はふっとび、熊本はガタガタとなった。動労前中央青年部長Mをはじめとするひとにぎりの動労カクマルは、「党派闘争ニヒリズム」におちいり、職場では、「中央青年部長スタイル」の官僚主義が破産し、代々木や協会派におされっぱなしとなった。しかも福岡の吉川指導部は、報復戦の衝撃により完全にパンクしてしまったのである。
 すなわち、わずか数名の指導者のうち、学生戦線の責任者であり、白色襲撃の隊長である岩下は、十・二〇白色襲撃の破綻をはじめとする度重なる失敗で完全に権威失墜し、降格となった。十二・一五反革命集会の基調報告者であり、教組関係の産別担当である鹿島は、その腐敗した活動態度のゆえにたえず批判の対象となり、指導者としての失格が確認される始末である。そこにもってきて吉川の撃沈である。
 要約するならば、吉川撃沈のたたかいは、それ自体(1)辻、正田の両同志虐殺の最高責任者にたいする正義の報復、(2)二重対峙・対カクマル戦上の重大な軍事的勝利、(3)黒田指導系統の決定的崩壊、(4)九州カクマルの事実上の解体、としての直接の政治的、軍事的な意義をもっており、反革命カクマルの完全打倒をかちとっていくうえでじつに巨大な戦略的位置をもっている。だが、しかし、吉川撃沈の意義はそれにとどまるものではない。
 われわれは、吉川撃沈という政治的、軍事的勝利をとおしてもうひとつの重大な戦略的勝利をかちとった。すなわち、吉川文書の革命的入手である。
 
 (2) 吉川文書の入手はカクマルにさらに決定的打撃を与えた 
 では、吉川文書の革命的入手とその解明は、いったいわれわれになにをもたらしたであろうか。吉川撃沈のもたらしたもうひとつの戦略的勝利を真の戦略的勝利に転化する観点から、吉川文書を徹底的に利用しつくさなくてはならない。われわれは、つぎつぎとその成果を基礎資料にふまえつつあきらかにしていくであろうが、とりあえず、総括的にその核心的な内容を指摘しておくと、おおよそつぎのようなことが問題となるであろう。
 
 (a) 赤色テロの第一級の基礎資料
 
 第一には、反革命カクマルの指導系統、その組織構成について尨大な第一級の基礎資料を提供してくれた、ということである。
 中央、関西、中国、九州、動労の反革命分子の動向や構成についてのわれわれの調査活動は、ここに決定的な飛躍の素材をあたえられたのである。十・二二の国学院カクマル撃沈と、それをとおしての国学院文書の革命的入手によって、国学院カクマルの動向、同盟員からシンパ、工作対象にいたる組織実態を解読するカギをあたえられたように、いまや、われわれは、中央、関西、中国、九州、動労といった広大な領域にわたって敵の指導系統、組織実態を捕捉する第一級資料を獲得したのである。われわれは、やがてこの基礎のうえに報復戦の画期的前進をきりひらくであろう。
 
 (b) 敗勢的現実をカクマルが確認
 
 第二には、二重対峙・対カクマル戦の画期的な前進、とりわけ革命的報復戦が敵にあたえた打撃の深刻さ、その敗北感、消耗感が敵自身のことばをとおしてはっきりと確認された、ということである。
 七一年十二・四反革命から七三年夏までの約二年のあいだ、われわれの側の戦略的防御に規定されて、反革命カクマルは、基本的には一方的攻撃者、相対的優位者の立場にたつことができた。ところが、われわれが二重対峙・対カクマル戦を戦略的防御の段階から戦略的対峙の段階に前進させることを昨年夏に決定し、二ヵ月間の準備ののちに九・二一を突破口として革命的報復戦を開始するや、反革命カクマルの尊大な優位性は一挙に崩壊し、それにかわって反革命カクマルの政治的展開力の急速な収縮、指導中枢の破産と無能ぶり、各地方組織、各産別組織の腐敗と衰退がまたたくまにあばきだされ、軍事的敗勢がただちに政治的破産、組織的破産をつきだしつつ全体化していったのである。
 反革命カクマルの卑劣な頭目どもは、反革命特有の資質にもとづき、敗勢的現実をなかなかみとめようとはしない。かれらは、つねに小ブル的尊大さでおのれをかざりたてることしかできないのである。しかし、反革命の手合どもがおのれの現実にどのような幻想をいだこうとも、戦争の現実は無慈悲に虚構をひきはがしていく。かれらは、七三年幕にいたって、ついに「やられっぱなしの現実」を承認せざるをえなくなり、アト一撃論・おせおせスタイルの破産を組織内部でこっそりと確認しなければならなかったのである。アミダ様ならぬクロダ様の意気消沈した泣きごとというかたちをとってであれ、かれらは、戦争における底なしの敗勢、底なしの恐慌状態におそれおののき、どんな卑劣な手段をつかっても白色襲撃路線をたてなおすことを、絶望的にちかいあっているにすぎないのである。
 
 (c) 「党派闘争論」の破産を暴露
 
 第三には、田中・佐竹問題という姿をとってあばきだされた反革命白色襲撃路線の総路線的な破産である。
 すでにおおくの機会をとおしてあばきだされてきたように、反革命カクマルの総路線なるものは、階級闘争の革命的、内乱的な発展を権力と一体となって内乱鎮圧的に阻止しようとすることにある。そのさいかれらが口実とする反革命的手段が、組織現実論なるものと党派闘争論なるものの二つのペテン的主張である。すなわち、かれらは、一方では組織現実論の名のもとに階級闘争の体制内的な発展、労働運動の組合主義的歪曲をおしすすめるとともに、他方では、党派闘争論の名のもとに階級闘争の革命的、内乱的な発展の前衛部隊をなす革命党と革命勢力への白色襲撃、K=K連合策動への屈服をおしすすめてきた。
 川口同志虐殺と、それにたいするかれらのペテン的な居直りにみられるように、かれらの党派闘争論の核心をなすところのものは、権力打倒をめざす革命的党派にたいして、権力の援助のもとに暴力行使の権利なるものを合理化しようとするところにある。
 かれらは、権力にたいしていちども行使したことのない暴力を、権力とたたかう革命的党派にたいしてのみ行使し、それをペテン的な言辞をもってかざりたててきたのである。それゆえ、川口同志虐殺とそれにたいする四万早大生の弾劾の嵐のなかで、反革命カクマルは、暴力の荒廃なるものについて小ブル的な言辞をろうし、党派闘争の未熟なるものへの自己批判をおこなったのであったが、その真の狙いは、白色襲撃の高度化、つまり、K=K連合の枠のなかでの、それをはみださない形態で白色襲撃を継続することにあったのである。
 以下、省く

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